3人でいるとき、なぜか自分だけ会話に入れなくなったことはありませんか。
誰かに無視されたわけでもない。
嫌われている証拠もない。
それなのに「この場に私っているのかな…」という気持ちがふっと湧いてくる。
2人だと普通に話せるのに、3人になったとたん急に話せなくなる。
もしあなたがそんなモヤっとした感覚を何度も味わってきたなら
それは決して気のせいでも考えすぎでもありません。
この記事では、今の文章を読んで共感してくれた方達に向けて
私の考え方のひとつをお伝えしていきます。
少しでもあなたの心のモヤモヤが晴れますように。
3人になると起きやすい、心のすれ違い
そもそも人の会話は1対1の方が成り立ちやすいと言われています。
話す人と聞く人、その役割が自然に分かれるからです。
3人になると
- 誰が話す?
- 誰が聞く?
- 今入っていい?
と、考えることが増えて脳に一気に負荷がかかります。
そうなるとテンポや共通点が近い2人が無意識に会話の中心になることがあります。
それは誰かを仲間はずれにしたいからではなく、ただ脳が楽な方を選んでいるだけです。
でもその結果として、残った1人が話に入るタイミングを失ったり、居場所がないように感じてしまう。
この構図自体は、実はとても起こりやすいものなのです。
それでも苦しくなる理由
「2対1になるのは脳の仕組み的に仕方ないことなんだ」
…で割り切れたらいいですよねぇ。
あなたがモヤモヤしたりその状況が苦しくなる理由は何ですか?
過去に同じ状況になった時、「入れなかった」「置いていかれた」
という経験はありませんか。
そういう経験があると心が先に反応してしまいます。
また同じ思いをするかもしれない。
そう感じた瞬間心は自分を守ろうとして、ざわついたり、距離を取ろうとします。
これは弱さではなく、ごく自然な防衛反応です。
筆者の体験談
私は学生時代から、3人になると居場所を失う感覚を何度も経験してきました。
3人でいるはずなのに、気づけば2人だけで話が盛り上がっています。
話に入ろうとしてもタイミングがつかめず、ただ笑って相槌を打ってその場にいるしかありませんでした。
中でも忘れられないのは、2人が顔を見合わせてこちらを見て笑ったり、
私が話し始めるとわざと黙り込まれたりしたことです。
あれは「気のせい」なんかじゃなく、確かに仲間はずれにされていた記憶です。
大人になった今でも、友人や近所のママさん達など、3人になる場面では胸の奥がざわついて
無意識に距離を取ってしまう自分がいます。
それでも2人が気になる理由
友人や近所のママさん達など、なぜか3人になる機会は多いほうだと思います。
「離れた方が楽なのに、どうしても仲良い2人が気になる」のです。
一見矛盾しているように思いますが
- 近づいたら傷つくかも
- でも置いていかれるのも怖い
という相反する感情が同時にある状態です。
これは人の複雑な心の動きであり何もおかしくはない、自然なことなのです。
自分を責めてきたけれど…
もう大人で昔とは周りの人も環境も違うのに、いつまで引きずっているんだろう。
仲良い2人が気になるなんて考えが幼稚すぎる…。
そうやって自分を責めてきました。
しかし3人組を見るとモヤッとするのは、性格の問題でも未熟さでもありません。
過去の出来事が引きずり出されて起きる、とても普通な心の反応だったのです。
そう思えたことで、自分の行動や考え方を少しだけ責めずにいられるようになりました。
今の自分…克服する?
正直に言うと、私はまだ過去の出来事を完全に乗り越えられてはいません。
3人になると今でも平気な顔はできないし、考えることだらけで発言できず、心がざわつくこともあります。
考え方を変えようとしても感情はそう簡単についてはこないと、最近よく思います。
だったら過去の出来事を乗り越えられなくても、無理に変わろうとしなくてもいいのではないか?
そう思うと気持ちが楽になりませんか。
ちなみに

「心がざわつくのは自分を守ろうとするためのごく自然な反応…」
「過去の出来事によってそう強く思うだけであって、今の人達には関係ない…」
「ここで話題に入れなくてもいいや…」
今の私はこう自分に言い聞かせることで心のモヤモヤを軽減させています。
まとめ
もしあなたが3人になると居場所がなくなるように感じたり、仲良さそうな2人を見ると胸が苦しくなるなら
それはあなたが悪いわけじゃありません。
無理に輪に入らなくてもいい。
距離を取りたくなる自分がいてもいい。
自分の過去やなぜそう思うのか、行動するのかを紐解いていくとモヤモヤの正体が分かり、気持ちの整理ができるかもしれません。
私と似たような過去がある方は、私の考え方が少しでも役に立てれば幸いです。


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